、老人は入り口から言った。
「そうだね……」と焼和尚は少し考えるような風をして、「一体、あんたは、商売はなんだ。」と訊いた。
「わしは、商売というものが無いから、こうして困っているのじゃが……わしは、その画家《えかき》なんでな。泊めてもらえないかな?」
「ようがす。泊まんなさい。」
私達はこうして、その老人が寺に泊めてもらうのを見て帰った。そして、私達はその帰り途に、「あの人は、画家だぞ。あの人は画家だぜ。」と、何か不思議なものを見たように、囁《ささや》きあった。
それから五六日過ぎたある晩のこと、その画家は、私の家へ湯に這入《はい》りに来た。その晩は、和尚は来なかった。
既に村の人達は、みんなその老人のことを知っていた。「再度生《にとせ》老人」という、彼の雅号まで知っていた。だから私の家でも、再度生老人が、一人で湯に這入りに来ても、別に不思議がりもしなかった。
再度生老人はその晩も、大変寒いのに、袷一枚にシャツ一枚着ているきりであった。そして、寒いのでするのか、それとも、虱《しらみ》が湧いているのか、絶えず身体《からだ》と着物とをこすり合わせるようなことをしたり、着物の上から
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