に、ろくなもの描けるもんでがすか。あの爺は、怠けものでがす。気が向きそうもがいんな。なあに、今に、追っ払ってやりますべは……」
 和尚は、癪《しゃく》に障るらしい口吻《くちぶり》をもらした。
 和尚の話によると、和尚は絶えず描くことをすすめているらしかったが、再度生老人は、まるで和尚の言うことなどは問題にしなかった。貧乏したって、寒くたって、煙草が吸えなくたって、俺の勝手じゃないかと老人は言っていたそうだった。
「煙草が吸いたくって、吸いたくって、我慢が出来なくなったら、そうしたら、煙草銭を稼ぐ積もりで描くかも知れねえ。しかし、さあ達磨《だるま》を描け、花鳥を描け、虎を描けと、居催促《いざいそく》をされるんじゃ、わしは、いよいよ食えなくなっても書かんのじゃ。わしは、気が向いた時に、気の向いたものを描く。」と言ったこともあるそうだ。
 私は、どうしても、天神様の絵は描いてもらえないものと思った。

 その日は雪が降っていた。
 私は学校から帰って来ると、母から、再度生老人が置いて行ったのだと言って、新聞紙に包んだ巻き物を渡された。
 私は小躍りするようにして、顫える手先で静かに展《ひら》
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