四郎はな、これでも……」
 其とき、誰かが、どんと右肩に突当った。
「おっとっとっとっと危ねえ! 誰だね?」
「気をつけやがれ! 老耄《おいぼれ》め! なんて真似をして歩きやがるんだ?」
 相手は闇の中から若い声を鋭く投げつけた。
「誰だね? 宮前屋敷の者かね? 夜路はお互に気をつけるごったな。俺は栗原権四郎だが、おめえ、宮前屋敷の誰だね?」
「貴様の名前なんか聞き度くねえや。老耄め! ほんでも俺様の名前を聞きてえんなら教えるべ。俺は宮前屋敷の藤原平吾様だ。今夜だけは許してやるから今から気をつけろ。棺箱さ片足踏込んでやがる癖に、何んの用があって煉瓦場さなど行きやがるんだ。老耄め!」
「まあまあ、夜路はお互に気をつけで……」
 権四郎爺はそう言って逃げ出した。
 併し権四郎爺は其処から五六十間も歩き去ると、そのまま黙ってはいなかった。
「馬鹿野郎! 平吾の馬鹿野郎め! 法律はな、そう無闇にゃ、許さねえぞ。善良な人民の交通を妨害しやがって、それで法律が許して置くか? 馬鹿野郎共め!」
 権四郎爺は散々に平吾を罵倒した。最早人家の多い宮前部落の、駐在所の近くまで来ているので、彼は気が大きくな
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