んべから。」
 お房はそう言いながら涙に咽せて来た。
「これは、お房や、汝が嫁に行くとき、半襟の一本もと思って蔵《しま》ってだのだけとも、俺は汝に再度と会うべと思われねえから、汽車の中で飴でも買って食ってくれろ。」
 お婆さんは上り框まで這って来て、お房の腕に顔を押付けたりしながら、手にしていた襤褸をお房の手に握らせた。その中には幾らかの銅貨が包まれているらしかった。
「婆さん! いいから、いいから。婆さんこそ何か買って食ったら?」
 辞退してもお婆さんはきかなかった。
 お房はそれを貰って、涙を拭いながら、父親に送られて戸外に出た。荷物を背負った父親は、お房を先に立てて、雪の中へどふどふと這入って行った。門口の柊《ひいらぎ》の株を右に曲って、二人の姿が見えなくなると、母親は、わあっ! と声を立てて泣き出した。

       五

 雪が消えると、荒れ錆れた赭土の窪地の中に、黒土の一帯が再び島のように浮き出した。黒土地帯の中央には、直ぐに掘抜井戸の、高い櫓が組まれた。春先の西風は、唸って、それに突当って行った。併し櫓の上では、長い丸竹の機条竿が、幾日も幾日もぎちぎちと動いた。
「どう
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