。」
 嘉三郎は二人を睨《にら》みつけるようにして言った。その眼はぎらぎらと涙で濡れていた。頬にまで涙は流れて来ていた。
「嘉津! お前もよく覚えて置けよ。」
 父親の嘉三郎はそう言って出て行った。松代は、遣《や》る瀬《せ》なさそうに、嘉津子の頭を自分の胸へぐっと抱《かか》えた。嘉津子は母親の胸の中で静かに歔欷《すすりなき》を始めた。
「殺すようなことまでしねえよ。威《おど》すだけさ。お父さんの気持ちになれば無理のねえことだし……」
 松代は漸くそれだけを言った。

     三

 暗くなるまでには四時間あまりもあった。高清水《たかしみず》は、歩いて行っても、三時間で行けるところだった。汽車もあるにはあるが、小牛田《こごた》で東北本線に乗り換え、瀬峯《せみね》まで行ってから軽便鉄道で築館《つきたて》まで行き、そから高清水まで歩くとなると、乗り換え時間の都合や何かで、三時間ぐらいで行けるかどうかわからなかった。それに、嘉三郎は、蟇口《がまぐち》をもたずに家を出て来てしまったのだ。併し、汽車のあるところを、てくてく歩いて行くなどということは、嘉三郎の気持ちの、どうしても許さないことだった。そればかりではなく、例えどこまでにもしろ、無一文で旅をするということは、嘉三郎にはどうしても出来なかった。
 嘉三郎は、途中、しばらく躊躇《ちゅうちょ》してから、米問屋《こめどんや》に這入った。ちょうど折よく主人は家にいた。そして嘉三郎はすぐ茶の間へ通された。
「嘉三郎さん! それはいつかの兼元《かねもと》じゃねえかねえ?」
 細長い風呂敷包みに眼をやりながら、米問屋の主人は、微笑《えみ》を含んで言った。
「兼元でがすよ。これだけは手放すめえと思ってたんでがすが、東京へ勉強に行っている伜《せがれ》から、金を送れって言って来たんで、とにかく、持って来たわけなんですがな。いつかの話を思い出して……」
 嘉三郎は坐りながら挨拶代わりにそう言った。
「そりゃあ、もちろん、送って上げなくちゃなんねえね。私が売ってもらいますべえよ。いつか私が言った値でいいかね?」
「それがですね。私の気持ちでは、出来るなら、売り切りにしたくねえんでね。先祖から伝わってるもので、どうせ私から伜へ伝わって行くものだし、伜の学資のために売ったとなれば、伜も何も文句はねえと思うんですが、伜が成功でもしたとき、またそれが
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