家柄家柄って、昔のことなど、幾ら言って見ても何になるべね。俊三郎《しゅんざぶろう》なんかも、家柄のために、なんぼ苦労しているだか。自分じゃあ気楽に百姓していたがるものを、お父さんが(俺家《おらがうち》の伜《せがれ》も東京へ勉強に出ていますがな!)って言って髭を稔っていてえばかりに、銭の一文も送れねえのに無理に苦学になど出してやって……」
 松代はそう涙声になりながら続けた。
「馬鹿! 俊や美津のことなど言うなっ! 黙っていろ!」
 嘉三郎は又そう怒鳴った。それで二人の間の争いはぷっつりと消えた。重い沈黙がそして拡《ひろ》がって来た。
 そこへ庭から郵便配達が這入《はい》って来て、嘉三郎の膝のところへ、一通の封書をぽんと投げて行った。嘉三郎は髭を剃るのをやめて封書を取り上げた。そして、嘉三郎は、驚異の眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りながら、大急ぎで封を切った。

     二

 嘉三郎は手紙を読みながら、咽喉《のど》をごくりごくりと鳴らして、何度も唾を嚥《の》み下した。そのうちに両手がわなわなと顫《ふる》え出して来た。そして彼の眼頭《めがしら》には、ちかちかと涙さえ光って来た。
「郵便が来たんじゃねえかね?」
 松代がそう言いながらそこへ出て来た。
「美津の畜生め!」
 嘉三郎は突然そう怒鳴って、手にしていた手紙を滅茶滅茶《めちゃめちゃ》に引き裂いた。
「何をするんだね? お父《とっ》さんは! それで美津は、どこにいるんだね?」
「美津の畜生め? 俺の顔に泥を塗りやがって、いくらなんでも鼻の先にいべえとあ思わなかった。」
「美津はどこにいるんだね?」
「忠太郎の野郎と一緒に高清水《たかしみず》にいやがるで、忠太の恩知らず野郎め! 泥足で俺の顔を踏みつけやがって。」
「忠太郎と一緒にいるのかね? 最初からそんなような気がしていたよ。忠太郎ならいいじゃねえかね?」
「馬鹿!」
 嘉三郎はまたそう怒鳴った。そして髭を剃るのをやめて、黙々《もくもく》と、炉端《ろばた》へ行って坐った。松代は怖々《おずおず》と、炉端へ寄って行った。そしてお互いにしばらく凝《じ》っと黙っていた。嘉三郎は眼を伏せるようにして、溜め息をつきながら炉の上に屈み込んでいたが、灰の上にぽとりと涙が落ちた。嘉三郎は、涙をそっと押し隠すようにしながら静かに顔を上げた。
「松! 着物を出
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