の顔を見た。二人ともそして何も言うことが出来なかった。
「美津! お前は少し痩せたでねえか?」
嘉三郎は、しばらくしてから娘の手を握った。
六
雨の中を、嘉三郎は、朝飯前に自分の家へ帰って、炉端へ坐ったまま黙っていた。
「美津はどうしていたかね?」
松代は不安そうにして聞いた。
「何も心配しねえでいいだ。」
嘉三郎はそう言ったきりで、また黙《だま》りつづけた。
そこへ、近所の百姓女が来て、上《あが》り框《がまち》へ腰をおろした。
「美津ちゃんは、近頃、どこかへ行ってますか?」
百姓女はそう突然に聞いた。
「東京へ勉強にやりましたよ。今時は、女でも、学問がないと馬鹿にされますでなあ。兄妹《きょうだい》で行ってるんですあ。」
嘉三郎はそう髭を稔りながら言った。そのとき、ふと嘉三郎は、昨日、頬髭《ほおひげ》の逆剃《さかぞり》をしていないのに気がついた。彼は髭を捻りながら立ち上がった。
「馬鹿に栗の花の匂いがするなあ。松や! 今年の秋は、栗を沢山採って、東京さ勉強に行っている奴等に送ってやれよ。」
嘉三郎はそう言いながら、剃刀《かみそり》と鏡とをもって、縁側へ出て行った。
[#地から2字上げ]――昭和七年(一九三二年)『若草』八月号――
底本:「佐左木俊郎選集」英宝社
1984(昭和59)年4月14日初版
入力:大野晋
校正:しず
1999年11月15日公開
2005年12月20日修正
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