は早く私等の方へ移してほしいですね。当然のことなんだから。」
「いいですとも。いいですとも。そんなこと明日にでも。」
 言いながら、藤沢は、岡本吾亮のために、長い間の計画が崩されて行くのを感じた。
       *
 開墾場の小屋を一通り廻り終わると、藤沢は落ち葉を踏み付けて事務所へ戻った。彼は窓際のテーブルに対《むか》った。そして彼はすぐに算盤《そろばん》を弾《はじ》くのだった。――いよいよ取り立てることになると、段当たり七十銭の小作料としても、七百五十町歩だから [#ここから横組み]750×7[#ここで横組み終わり] が五千二百五十円。それから農具の貸し付けが十九軒だから [#ここから横組み]19×5[#ここで横組み終わり] が九十五円。そのほかに、食糧として貸し付けた方から……。
 突然、硝子窓の彼方《むこう》に固い兵隊靴の足音がした。藤沢は算盤に手を置いたまま足音の方へ視線をむけた。半分ほど開いている硝子窓の彼方《むこう》を、誰かが此方《こちら》へむけて活溌に歩いて来た。右上がりの広い肩。眼深に冠《かぶ》った羅紗《らしゃ》の頭巾《ずきん》。宵闇《よいやみ》の中に黒い口髯《くちひ
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