春《ようしゅん》の季節を迎えた気分にはなれないのです。
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福寿草は暖かい花です。そして明るい花です。あの黄金色に輝く花が、緑の縮緬《ちりめん》のような、すがすがしい茎《くき》の上に、可愛らしいあの明るい顔を擡《もた》げると、私達は去年から重ねて来た着物を、一枚へらさねばならないことを感ずるのです。その時の私達は、明るい晴れやかな心になって、福寿草とともに、涙含《なみだぐ》ましい気持ちで春の陽光に感謝しています。
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福寿草はどうかすると、非常に哀れっぽく見えることがあります。そんな時の私達は、きっと、襟《えり》をかき合わせ、眉を寄せて寒空《さむぞら》を見上げているに相違ありません。庭の捨て石や蹲《かが》み石《いし》のもとに植えられた福寿草は、よく自然の趣を見せてくれます。けれども、あの肌寒い春さきの風が、思わず障子を閉めさせる時、本当に歔欷《すすりな》いているのではないかと思われるほど、微《かす》かに顫《ふる》えながら哀《かな》しい表情をしています。
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北海道の人里はなれた植民地に咲く福寿草は、そこに孤独《こどく》な生活を送る人々の心
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