や青の燈火が水に映《うつ》る影のように暈《ぼや》けて揺れていた。

 秋子の呼吸からは音を聞くことができなくなった。秋子の生命《いのち》の余白を彼女の呼吸で計ろうとする貞吉は急に不安を感じ出した。彼は感覚の全部を耳に集めて彼女の顔を見詰めるのだった。微《かす》かにも動かなかった。
 見詰め続けていると彼女の顔は彫刻的な感じから絵画的なものに変わって行った。汚れた木炭紙の蒼白《あおじろ》さだ。もはやその眉や髪さえが貞吉には色彩としての働きを持つだけであった。
 汽笛が鳴った。遠方信号のあたりで、野獣のように吼え、唸るように余韻を引いた。
 秋子は瞬《まばた》きをした。そして大きく眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。彼は彼女の顔から遠ざかってなおも彼女の顔を見詰めた。彼女の眼の表情は汽笛の余韻を辿《たど》っていた。
 汽笛! 彼等の窓に震動を投げながら高らかに吼えた。犬の唸るような余韻が、どこかに反響した。
「あら! お父さんだわよ!」
 秋子は白い敷布の上から窓へと転《ころ》げて行った。貞吉は驚異の眼を彼女に向けて※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》
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