った。
「お父さん? お父さん!」
 開かれた窓から首をだして彼女は叫んだ。眼の前に長い窓の行列が燈影を撒《ま》き散らしながら静かに走っていた。
「お父さん!」
 喜悦《きえつ》に満ちた力いっぱいの震《ふる》えを帯びた声だ。
 汽笛だ! 三度目を吼えた機関車は、唸るような余韻を別れの挨拶のように引いたのだった。
「あなた! あなた!」
 秋子は貞吉の胸に飛び付いた。彼は彼女を固く抱擁した。彼女の眼は濡れてぎらぎらと光っていた。
「おい! 秋ちゃん!」
 彼は彼女の身体に重さを感じて叫んだ。彼は素早く、彼女を白い敷布の上に戻した。しかしもはや彼女の脈は絶えていた。興奮状態からの微かな体温を残して。
 機関車が過ぎ客車が掠《かす》めて行った。明るい窓の行列。機関車のビストンの音は客車の軌条を噛《か》む音に掻《か》き消された。
 西村は信号所の窓から首を出して寂しく微笑した。
「おい! ねぼけていちゃ駄目だぜ」
 優しい錆のある声が列車の轟音の消えた中にいつまでも残っていた。
 西村は時間の経つにつれて次第に寂しくなって行った。彼の意識の中に築きかけられた美しいものが、吉川機関手の一言《ひと
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