っていた。さながら町の北側に立ち回した緑色の屏風《びょうぶ》だった。長い緑の土堤には晩春の陽光がいっぱいに当たっていた。その下は土を取った赭土《あかつち》の窪地。歳《とし》を取ったどすぐろい汚水、死に馬の眼のような水溜まりだった。水面には棒切れや藁屑《わらくず》が浮いていた。岸に幾株かの青い若葉の猫柳。叢《くさむら》の中からは折り折り蛙が飛び込んだ。鈍い水の音を立てて。
 清新な暖かい気流、麗《うら》らかな陽光。静かに青波《あおなみ》を打つ麦畑。煤煙に汚れた赤|煉瓦《れんが》の建物が、重々しく麦畑の上に、雄牛のように横たわっていた。白い煙突からは黒い煙が渦《うず》を巻いて立ちのぼった。そしてだんだんと赤味を帯びながら悠長《ゆうちょう》にたな引くのだった。
 彼等二人は青草の土堤に腰と背とを当て暖かな陽光にひたった。
「どうだ。あの煙は? この町は空気が悪いんだね」
 貞吉と秋子とは視線を揃《そろ》えて工場の煙突から立ちのぼる黒煙に向けた。
「どうかして転地でもしなければいけないね。秋ちゃんの家《うち》から半分出してくれないかな。そしてどこか空気のいい海岸へでも転地していれば……」
「ま
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