》きずるようにしてはいって来た。
「なんだけな? 菊枝! 泣いだりなんかして……父《とっ》つあんがこりゃ……」
菊枝は、着物の上に突っ伏したまま顔を上げなかった。
「なあ、菊枝。さあ、泣いだりなんかしねえでや。」
菊枝の胸の中には、不満な気持ちが満ち満ちていた。彼女は、その幾分かを祖母の前に吐き出そうとして顔を上げた。眼が赤く腫《は》れあがっていた。
「こりゃ菊枝。父つあんが昨晩《ゆんべ》買って来たのだぞ。ほら、水色の蝙蝠《こうもり》。ほれから、この単衣《ひとえ》も……両方で十三円だぢぞ。」
婆さんは柔和《にゅうわ》な微笑を浮かべて、こう述べたてながら二つの包みをほどいた。素樸《じみ》なメリンスの単衣であった。濃い水色に、白い二つの蝶を刺繍《ししゅう》したパラソルだった。
「ああ、いいこと!」
菊枝は思わず言って、そのパラソルを自分の手に取った。
「この水色の蝙蝠、高《たげ》えもんだぢな。なんだが、父つあん、借金して来た風だぞ。爺《じん》つあんさ見せっと、まだは、喧《やかま》しくて仕様ねえがら、見せんなよ。父つあんは、昨晩は、縁《えん》の下さ隠して置いで、今、魚《さかな》とりに
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