気だった。併し菊枝だけは、終日黙々としていた。
「菊枝つあん。明日、行ぎしべ?」と川向こうから声をかけた友達にも、彼女は、微笑みを口元に浮かべて首を振って見せただけであった。
 夜になって、片岡の家に日傭《ひでま》を取りに来た十幾人かは、夕飯の時から乾燥《はしゃぎ》きっていた。今夜は勘定だ。明日は祭りだ。明後日は草臥《くたび》れ休みだ。その意識はみんなの心を浮き立たせていた。そうして巫山戯《ふざけ》させた。併し、菊枝と春吉とは父娘《おやこ》揃ってふさぎ込んでいた。他人が冗談を言っても、春吉と菊枝とは、微かな笑いしか笑わなかった。菊枝は常に落ち着いた娘ではあったが、今日は、落ち着き以上のものだった。
「菊! 父《とっ》つあん、これがら町さ行って、髭剃《ひげそ》って来っかんな。」
 帰りの途を、途中まで来ると、春吉はこう言って町の方へ行った。菊枝はそれにも、仄暗《ほのぐら》い中で、眼で挨拶したきりだった。併し、それから先の夜路を、豊作と二人だけの語らいを語ることの出来るのは、彼女にとっては、嬉しいことであった。
「ほんじゃ、明日の二時の汽車にしんべかな?」と豊作は、前々からの約束を、そして
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