ながら言った。
「うむ、うむ。五十銭はやれよ。」と婆さんが横から言葉をはさんだ。
「俺、小遣い銭などいらねえから、あのう、あの、パラソル買ってもらいでえな。」
 菊枝は、長い間心に潜《ひそ》めていた要求を、初めて言い出していい機会が与えられたように思ったのであった。
 全くそれは、長い間心の中に潜められていた切《せつ》なる要求であった。もうみんな、既に二本のパラソルさえ持っている人があるのに、菊枝はまだ、死んだ母が遺《のこ》して行った古い蝙蝠傘《こうもりがさ》を持っているだけであった。明日の、六社様《ろくしゃさま》のお祭りのことを思うと、彼女はどうしても一本のパラソルがほしかった。
 併し、菊枝がそれを言い出すと、爺さんや父親の、今の今まで彼女に示していた悦びの感情は、急に一変してしまったかのようであった。
「なに? パラソル? あの、紫色の、へんつくりん[#「へんつくりん」に傍点]な格好《かっこう》の蝙蝠が?」と春吉は、驚きの眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。
「俺、紫色でねえで、水色のいい。紫色では、あんまり派手だから。」
「そんな贅沢《ぜいたく》なごとばり言って。昔なんか、蝙蝠だって、よっぽどいい人でねえど持たなかったんだ。贅沢ばり言って……」
 爺さんは、眼を三角にして横を向いた。
「水色? あんなもんでも、随分|高《たげ》えもんだべでや?」
「五円ぐれえ出せば……」
「五円や?」春吉は驚いたように言って、「五円なら、山の草|手間《てま》十日分でねえが? そんな高えもの、とっても我々にゃあ……」
「贅沢ばり言って! ほだから見ろ。なんぼ稼えでも、貧乏ばりしてねえげなんねえ。みんな町さばり持ってかれで……」
 爺さんは、ますます口を尖《と》がらした。
「この辺《へん》で、俺ばんだ持ってねぇの。」
「そんなに高《たげ》えもんなら、来年になってからでも、買ってもらうんだや。」と、婆さんはやさしく言った。
「そんなもの持だなげえ、お祭りさ行かれねえごったら、明日は、お祭りさ行かねえで、家の田の草でも取れ!」
 爺さんは怒鳴りながら煙管《きせる》で炉端《ろばた》を叩いた。父親の春吉は、もう何も言わなかった。深く考え込むようにして煙草を吸った。

     四

 菊枝は襟《えり》を弄《いじ》りながら表へ出て行った。
「ほんじゃ汝《にし》あ、片
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング