いて、思い出したようにしては、また噛むのだった。
 青は本当に生きているのか死んでいるのかわからなかった。それは襤褸《ぼろ》で拵《こしら》えた馬のようでもあった。硝子《ガラス》玉の眼を嵌《は》め込んだ剥製《はくせい》の馬のようでもあった。
「俺達も、年を取れば、青のようになるんだろうなあ。青! 俺達も今にこの坑《あな》の中でお前のようになるんだよ。お前よりももっともっと惨めになるかも知んねえ。」
「それはそうよ。人間も馬も変わりがあるもんじゃねえ。なあ青!」
 坑夫達はいつもそんなことを言うのであった。
       *
 青が養われている場所には、夜になると、若い働き盛りの馬が二三匹|繋《つな》がれた。
 若い馬は、ぴしりっぴしりっと尾を振った。虻《あぶ》がいるのでも蚊がいるのでもない。ただぴしりっぴしりっと無暗《むやみ》に尾を振った。人が通りかかると、首を高く持ち上げて(ほほほ!)と嘶《いなな》いた。脚《あし》を上げては石炭の破片《かけら》を踏み砕《くだ》いた。何をやっても、がつがつとそれを喰った。明るい世界から引き込まれて来たばかりの馬は、全身が感覚で、全身が力だった。
 青は、この若い馬を見ることで、過去の記憶の中に置き忘れて来た感覚の幾分かを、そこに取り戻して来るような様子だった。そんなとき、青の耳は、微《かす》かながらに動き出すのだった。その暗い眼は、空間のどこかにただ向けられているのではなく、何かを視詰《みつ》め出しているようだった。
       *
 炭坑にはストライキが始まっていた。坑内に働いている人達が、青のようになりたくないための運動であった。坑内からは、総ての労働者が、地上に引き上げて行くことになった。若い働き盛りの馬達は、その前に、鉱山主によって、坑の外へ引き出されていた。
 併しどうしたのか、青だけは、そのままそこに残されていた。
 坑夫達は、今、坑の中から引き上げて行きながら、青の前に通りかかって、足を停《と》めたのだった。
「青! お前だって、生きているんだもの、何も食わずに、何も飲まずに、幾日も生きているってわけには行くめえ。」
「いくら馬だからって、随分ひどいことをするもんだなあ。これが人間のように口のきけるもんなら、黙ってはいめえ。なあ。」
「おい! 引き出して行ってやろうじゃないか?」
 誰かが力をこめて言った。
 坑夫の一
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