人は、青の首に、自分の帯を投げかけた。そして青は、坑夫達の一群の背後に、全く力のない足どりでよろよろと引かれて行った。それは、牽《ひ》かれているというより、曳《ひ》き摺《ず》られている形だった。青は、二歩歩いては立ち停《ど》まり、三歩歩いては立ち停まるのだった。
「青! 後から押してやろうか?」
或る者はそう言って、青の背後から、両手をかけて押し上げたりした。併し青は、その人間を蹴《け》るでもなく、斜坑の斜面を押し上げられて行った。
「おい! 青の頭から、何か冠《かぶ》せなくちゃ、駄目だよ。何十年も坑内にいた馬を、明るいところに引っ張り出すと、すぐ死んでしまうんだっていうからなあ。」
古参の坑夫が注意した。若い坑夫は半纒《はんてん》を脱《ぬ》いで青の頭から引っ被《かぶ》せた。
*
地上には初夏の陽光がぎらぎらと降り注いでいた。眼を射るような光線だった。
炭坑事務所から二十間ばかり離れて、三四本の大きな榎《えのき》が立っていた。その下に、三匹の馬が繋がれていた。その三匹の馬は、坑夫達に引かれて坑内から出て来た青の姿を見ると、首をあげて(ほほほ!)と嘶いた。
青はすると、坑夫の手に引かれていたにもかかわらず、立ち停まった。
「青! なんだって停まるんだい? 青! 青!」
併し青は歩かなかった。最早、青は今までの青では無くなっていた。首を上げ、耳を欹《そばだ》てて、その耳に全身の感覚を集めようとしていた。
そのとき、榎の下から、また、馬が嘶いた。その次の瞬間、青は、坑夫の手から手綱《たづな》[#「手綱」は底本では「手網」]を奪って駈《か》け出した。頭から掩いをされたまま一散に駈け出した。
「馬鹿野郎! 誰だあ? 青を引っ張り出して来たのあ? 気違いになるのきまっているじゃないか?」
誰かが事務所の方から怒鳴った。青はその辺を滅茶苦茶に駈け廻って、榎の下に嘶いている馬達を、探そうとしているのだった。
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(附記)長い間を坑内に封じていた馬を、地上の明るい世界に引き出せば、すぐ死んでしまうか、気違いになってしまうそうである。またクロポトキンは「相互扶助論」の中で、シベリヤの野に放牧されている馬が、嵐に襲《おそ》われると、谷底の何処《どこ》かへ、申し合わせたように、一カ所へ一緒になるものであることを言っている。
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