はり口を開こうとはしなかった。そして、彼は鞭《むち》を振り振り不気味に微笑みながら、厩舎《うまや》の前を歩き回った。厩舎の前は泥濘《でいねい》の凸凹のまま、まったく凍ってしまった。コンクリートのように硬くなっていた。正勝は鞭を振り振り、蹄鉄《ていてつ》の跡のその硬い凸凹を蹴崩《けくず》した。その動作につれ、森谷牧場主森谷喜平の遺品の高価な鞭は陽《ひ》にきらめきながら、ぴゅうぴゅうと鳴った。
「そして、その鞭なんかだって、勝手に持ち出したりしていいのかい?」
敬二郎の言葉はしだいに辛辣《しんらつ》になっていった。
(馬鹿野郎《ばかやろう》め! 自分の足下が崩れかけているのも知らずに、偉そうなことばかり喚《わめ》き立てていやがる)
正勝はそう思いながらも、微笑を含んで黙りつづけた。
「五日も前に帰ってきているというのに、ぼくには会わないように会わないようにとしているし、せっかくここで会ったからと思って裁判の模様を訊《き》きゃあまったく口も利かず、わずか十日ばかりの間になんて変わり方だ。まったく驚いてしまうなあ!」
「驚くこたあねえさ! 変わるのはおればかりじゃねえんだ。いまにきみだって
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