「婆や! 婆やだったんでねえか? おれが入ってきたとき、婆やはもう来ていたから」
正勝は横から説明した。
「婆さん! おまえさんかね?」
「はあ!」
婆やは消え入るようにして言った。
「それで、おまえさんがこの部屋へ入ってきたとき、この紀久子さんはどんな風にしていたかね?」
「わたしはなんにも分かりませなんだ。わたしは入口のところで腰を……! 腰を……! 腰がもう立たなくなってしまって……」
「腰を抜かしたというのか? しかし、腰を抜かしたのは、何か腰を抜かすほど驚くものを見たから抜かしたんだろうが、その見たものを聞きたいんだ」
「はあ、わたしはなーに、この部屋へ入ってまいりましたとき、お蔦さんを熊が腹這《はらば》ってると思ったもんですかんね」
「しかし、蔦代というのが女中とすれば、おまえさんと一緒に部屋にでも寝ていたんだろうが、起きてくるとき蔦代のいなかったことには気がつかなかったのか?」
「なーに、お蔦さんは前の日にはいなくなっていたんですかんね。そんで、鉄砲の音がしたもんですから、熊が出たのをだれかが威かしてるのだと思うて、わたしは熊だあ! 熊だあ! って叫んで旦那さ知らせ
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