、項垂《うなだ》れながら軽く会釈した。
「いったい、どうしたというんだね? あなたのお父さんを殺しておいてから、あなたまで殺そうとしたんだね?」
巡査はストーブに寄って椅子《いす》にかけながら訊いた。
「はい、わたしが気のついたのは、蔦代が父を殺してしまったあとだったのでございます。父の唸り声で目を覚まして、蔦代が父の胸から短刀を抜いているのをわたしが見てしまったものですから、蔦代は急にわたしまでも殺してしまおうと思ったのだと思います」
「それで、あなたはすぐ、こっちから先に殺してやるという気になったんだね?」
「いいえ! その時は、どうかして逃げようと思ったのでございます。わたしが驚いて父の寝室のほうを見ていますと、蔦代は短刀を振り上げてわたしのほうへ飛びかかってきたものですから、わたしはすぐ逃げだしたのでございます。それでも、肩のところへ蔦代の短刀を握っている手が触れて、血糊がついたのですけど、わたしはできることならどうかして逃げようと思いまして、この部屋まで逃げてきたのですけど、ここまで来てもう逃げ切れなくなったものですから、鉄砲を取って逆に蔦代を威《おど》かそうとしたのでござ
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