残っていないかな?」
「なにしろ、おれらが鉄砲の音を聞きつけて土足でもってどかどかと駆け込んだもんだから、どれがだれの足跡だか、はあもう、てんで分かんなくなってしまって……」
 正勝が巡査の顔を見上げながら言った。
「それで、お嬢さんはどこにいるんだね?」
「お嬢さまは中にいますから……」
 正勝はそう言って、巡査の乗っている馬の轡《くつわ》を捉えた。巡査は手綱を放《ほう》って、馬から下りた。そして、長靴のままで露台へ上がっていった。
「それから済まねえが、その馬に飼葉をやっておいてくれねえかなあ。近所の馬を借りてきたんだから……」
 巡査は露台の上から、思い出したようにして言った。
「はあ!」
 正勝はそう言いながらその馬を牧夫の一人に渡すと、露台に駆け上がって巡査と一緒に部屋の中に入った。
 部屋の真ん中にはストーブが燃えていた。紀久子は真っ青な顔をして婆やに付き添われながら、そのストーブの前に腰を下ろしていた。
「紀久ちゃん! 警察が検《しら》べにおいでくださったから、なんでも本当のことを申し上げて……」
 正勝はそう言って、巡査と紀久子とを引き合わせた。紀久子は静かに腰を上げて
前へ 次へ
全168ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング