蔦の奴だ。蔦の奴は、お嬢さまに手向かったに違《ちげ》えねえ。そんで、お嬢さまに鉄砲で撃ち倒されたのに違えねえ」
「蔦代さんが、また、どうして……」
「何かひどく恨んでいたらしいから。しかしまあ、こんで、仕様ねえ。夜が明けて警察から来るまで、こうしておくべ」
 正勝はそう言って、隣室へと歩きだした。牧夫たちはそれに続いた。
「お嬢さま! どう、どうなすったんです?」
 正勝は紀久子の傍へ寄りながら、目を瞠《みは》って訊《き》いた。
「蔦が……蔦が……」
 紀久子は歯の根が合わないまでに、顫えていた。
「旦那を殺したのは蔦だってこと、はっきりと分かるけれども……」
 正勝はそう言いながら紀久子の手から猟銃を取って、そこの壁に立てかけた。
「蔦が、蔦が、わたしも……」
 紀久子はようやくそれだけを言った。
「蔦があなたにも手向かったんですね」
 紀久子は微かに頷《うなず》くようにした。
「しかし、こうしていたって仕様のねえことだし、あなたが何より寒くって仕様がねえだろうから、あっちへ行って夜の明けるのを待つより仕方がねえでしょう」
 正勝はそう言って紀久子の背中に手をかけ、廊下のほうへ出た。
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