ら》えたのだった。
「お嬢さまが、て、て、お嬢さまが、て、て……」
 婆やは顫え戦きながら吃《ども》った。そして、吃りながら婆やは、熊の皮の上に倒れている蔦代の死骸を指さした。
「あっ! 蔦代さんが……」
 牧夫たちは驚きの声で叫びながら、蔦代の死骸の上にしゃがみ込んだ。
「触っちゃいけねえ、触っちゃいけねえ。検査してもらうまで動かしちゃいけねえ」
 正勝はそこへ寄っていきながら叫んだ。
「あっ! 足跡があるど。血の足跡が……」
 牧夫の一人がそう叫ぶように言うと、牧夫たちはその足跡を辿《たど》って隣室へと雪崩れていった。正勝もそれに続いた。
「あっ!」
 彼らはそう叫んで、戸口のところに立ち止まったが、すぐに喜平の寝室へと殺到していった。
「蔦の奴《やつ》め、とうとうやりやがったな」
 正勝は唸《うな》るようにして言った。
「旦那! 旦那!」
 牧夫の一人は、喜平の死骸を抱き起こしながら叫んだ。しかし、喜平はもちろんなにも答えはしなかった。
「蔦の書置きを見て、連れ戻してきたのを後悔しているんだが、とうとうやりやがったな」
 正勝は繰り返して言った。
「蔦代さんがやったのかな?」

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