く蔦代の死骸を熊の皮の上の血溜りの上へ、ちょうどその傷口のところがつくように倒しておいて、戸外へと駆け出していった。
2
銃声が轟然と真夜中の薄闇《うすやみ》を揺り動かした。どこからか急に犬が吠《ほ》えだして、そしてその一匹の犬が鳴きやむと、またどこからか別の犬が吠えだした。
「熊だあ!」
だれかが暗がりの中で高く叫んだ。
「熊だあ! 熊だあ!」
どこからともなく声が続いた。暗がりの中に人影が動いた。犬が吠えつづけた。
「熊だあ! 馬に気をつけろ! 放牧の馬を気をつけろ!……」
「どっちへ行った!」
「その辺にいるらしい!」
足音が乱れた。
「弾丸《たま》は当たっているのか?」
炬火《たいまつ》が暗闇の中に模様を描き出した。
「どっちへ行ったんだあ?」
石油缶が激しく鳴りだした。人々が叫び合った。板木を叩《たた》き鳴らす音が続いた。
「おーい! どっちへ行ったのか分かんねえのか?」
「いったい、弾丸を食らっているのか?」
「それより、熊を見たのはだれなんだ」
足音が暗がりの中をぞそっと寄った。
「鉄砲が鳴ったじゃねえか?」
だれかが言った。
「鉄砲が鳴
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