しきづつ》みを抱えていた。そして、少女は何かに追い立てられているように、急いでいた。
「あら! 蔦《つた》やじゃないかしら?」
紀久子は立ち上がるようにして言った。敬二郎も顔を上げた。しかし、正勝はなんらの感動をも受けてはいないもののようにして、馬を追い進めた。
「ほいやっ!」
鞭が玻璃色の空気の中にぴゅっと鳴った。
「正勝! 蔦やじゃない?」
「さあ?」
正勝は簡単に片づけた。彼は自分の妹について、ほとんど無関心のような態度を見せた。
「正勝! おまえは呑気《のんき》ね。自分の妹じゃないの? 正勝!」
「妹かしれませんが、しかしおれの知ったことじゃないです」
「正勝! おまえはこのごろ少し変ね?」
そのとたんに、少女はくるりと背後を振り返った。
敬二郎が言った。
「蔦代《つたよ》だ」
「蔦やだわ。どこへ行く気なのかしら? あの子は……」
馬車はそのうちにもしだいに近く、蔦代の背後に接近していった。蔦代は狼狽《ろうばい》の物腰を見せて、後ろを振り返り振り返り早足に急いだ。
しかし、馬車がいよいよ彼女の後ろに接近してその横を通り過ぎようとしても、正勝は馬車を停《と》めようと
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