をもっと早く思いつかなかったのだろう?)
彼はそう心のうちに呟いて、馬車がすでに谷の上を過ぎていることを残念がった。
(帰り道だ! 帰り道で女のほうだけでも……)
彼はそう考えて、沼のような落ち着きを装いながら馬車を追い進めた。
3
原生闊葉樹林帯を抜けると、馬車は植林|落葉松《からまつ》帯の中を通り、開墾地帯に出ていった。道はようやく平坦《へいたん》になってきた。馬車は軽やかに走った。
午後の陽は畑地一面に玻璃色《はりいろ》の光を撒《ま》いていた。どこまでもどこまでも黄褐色の大豆畑が続き、その茎や莢《さや》についている微毛《のげ》が陰影につれてきらきらと畑一面に蜘蛛《くも》の巣が張っているように光っていた。そして、ところどころには玉蜀黍《とうもろこし》がその枯葉をがさがさと摺《す》り合わせていたりした。
しばらくして、馬車の前方に一人の人影が見えだした。馬車の進むにつれしだいに大きく、しだいに形を整えて、その後姿が接近してきた。赤い帯、頭のてっぺんに載っている桃割れ。錆茶《さびちゃ》の塗下駄《ぬりげた》。十六、七の少女だった。少女はその小脇に風呂敷包《ふろ
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