た。彼もまた、沸騰するような心臓の動悸のために苛立《いらだ》っていて、判断力を失っているのだった。
「蔦代が殺したことにするんだ。紀久ちゃんは、蔦代が入ってきて父さんを刺したのだ! って言えばそんでいいんだ。そ、そ、そして、それから、蔦代がわたしのほうへ寄ってきたから、わたしは蔦代を鉄砲で撃ったのだ! って言えばそんでいいんだ。紀久ちゃんはそれで立派に正当防衛になるんだから」
「…………」
紀久子はやはり黙りつづけていた。黙って、彼女はじっと正勝の顔を見詰めていた。正勝の言っている言葉の意味を、彼女はどうしても消化することができないのだった。
「なんなら蔦代が、紀久ちゃんを追い回したことにしてもいいんだ。紀久ちゃんは逃げ回って、鉄砲のあるところへ行ったので、その鉄砲で思わず蔦代を撃ったことにすればいいんだ。鉄砲には……」
「鉄砲?」
紀久子は初めて、言葉の形態を備えた言葉を口にした。
「鉄砲でさ。蔦代の身体にある傷は、蔦代の死んだ傷は、鉄砲の傷なんだもの」
「鉄砲?」
紀久子は呆然《ぼうぜん》とその言葉を繰り返した。
「鉄砲でさ。それに、鉄砲にはいつでも弾丸が込もっていて、隣の部
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