になればいいんだ」
「――しょう……」
 紀久子は言葉にはならない声を口にしたが、そのあとがどうしても続かなかった。
「驚くことはねえ!」
「あっ! あっ!……」
「明日の朝、大騒ぎになるに相違ねえから、そ、そ、その時にゃあ紀久ちゃんがいまのことを、はっきりと見た! って言えば、そ、そ、そんでいいんだ」
 正勝はさすがに言葉が整わなかった。
「紀久ちゃん! おれの、おれの言ってるの分かるか?」
「え!」
 紀久子はじっと正勝の顔を見詰めながら言った。
「こ、こ、これは、しかし、おれがやったことにしてはいけねえんだ。紀久ちゃん! 分かる?」
「え!」
「蔦代が、蔦代が、蔦代が殺したことにしねえといけねえのだ」
「蔦代が?……」
 紀久子はそう言ったが、彼女は正勝の言うことが分かっているのではなかった。彼女には何もかもが、全然分からなかった。正勝の顔が自分の前に見えていることさえ、紀久子ははっきりと意識することができないような状態になった。正勝が言っていることの、いかなる意味であるかなど、紀久子は全然消化する力を失っていた。
「紀久ちゃん! 分かるか?」
 正勝はしかし、念を押しながら続け
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