、彼女はもう叫ぶことも動くこともできなかった。ただ、心臓だけが電気仕掛けの機械のように、石像のように固くなった彼女の身体を微かに躍動させていた。
正勝は向き直って喜平のベッドに近寄り、夜具を引き捲《めく》って銀光のものを振り落とした。
「うっ! う……」
鈍重な唸《うな》り声を上げながら喜平は上半身を起こそうとしたが、正勝の掌の中の刃物はふたたび喜平の心臓を目がけて突き刺さった。
「うっ!」
喜平は鈍く短く唸って、ベッドの上に倒れた。
「あ!」
紀久子は初めて声を上げた。
正勝はすると、手を振りながら紀久子のベッドへ寄ってきた。紀久子は叫ぼうとして、また叫ぶことができなくなっていた。正勝は真っ青な顔で紀久子を覗き込んだ。その手には黒く血がついているだけで、刃物は持っていなかった。
「紀久ちゃん! 驚くこたあねえ!」
正勝は顫える声で言った。顫えるのを固く歯で噛み締めているような声で、彼は鋭く言ったのだ。
「紀久ちゃんの秘密を、秘密を防ぐためなんだ」
正勝はそう言った。紀久子は唇を動かして何か言おうとしたが、やはり声がどうしても出なかった。
「紀久ちゃんが、こ、こ、この証人
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