は恐ろしい激しさをもって動悸《どうき》を打っていた。そして、遠くのほうで何かの足音が遠ざかっていくように、時計の音は微かに――しだいに微かに――微かに微かに、絹糸のように細くなりながら――消えていった。しかし、紀久子の動悸は容易に止まらなかった。いつまでもいつまでも、だくっだくっだくっ……どきどきどき……と、心臓が破れそうになりながら続いた。
焼け爛れるような痛みと悩みとをその心臓に感じながら、紀久子はじっと部屋の中を見回して、それから静かに夜具を引き被《かぶ》った。しかし、彼女はやはり眠ることができなかった。なにかしら恐ろしい幻想が彼女の目の前に立って、彼女の心臓を圧迫しているのだった。父親のベッドにさえ、紀久子はそこに自分の動静を窺《うかが》っている者が潜んでいるような気がして、神経を掻《か》き立てられるのだった。
どこかで何かぴゅん……と弾《はじ》ける音がした。
紀久子はまたぱっとベッドの上に胸を浮かした。しかし、自分の横には二間ほど離れて父親のベッドがあり、その上に父親が眠っているだけであった。別に何の変わりもなかった。紀久子はしかし、部屋の中に瞠った目をそのまま閉じてし
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