して、崖の上に登り着くと、道の前後を注意深く見た。しかし、普段からあまり人通りのないその道には、夕陽にぎらぎらと輝きながら、紅や黄の葉がばらばらと落ち葉の海の上に散っているだけであった。
正勝は綱を手繰った。彼の掌《てのひら》の皮が剥《む》けてしまうほどの重さをもって渋りながら、蔦代の死体は崖の上に揚がってきた。正勝はすると、その死体を素早く引っ担いで闊葉樹の原生林の奥深く駆け込んでいった。
そして、彼はそこの熊笹藪の中に蔦代の死体を隠し、夜の迫るのをじっと待った。
3
紀久子は容易に眠れなかった。
彼女の耳の底には、正勝の、安心していろ! という言葉が耳鳴りのように付き纏《まと》っていた。そして目を閉じると、身体にぐるぐると綱を巻きつけている正勝の姿がその目の前にはっきりと見えるのだった。彼女は目が冴《さ》えて、どうしても眠ることができなかった。彼女の神経は銀針のように鋭敏になって、絹糸のように戦《おのの》いているのだった。
いくつかの部屋を隔てて、遠くのほうから柱時計の一時を打つ音がした。
紀久子は無意識のうちに、ベッドの上に半身を起こした。彼女の心臓
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