は、その崖は道端からすぐ谷底までほとんど一直線的にぐっと岩壁になっているように見えるのだが、崖際から六、七間も下へおりると、そこにはLの字形の岩が突き出ていて雑草が茂り、灌木が伸び、落ち葉に埋もれているのだった。正勝は思いがけぬ足溜《あしだま》りを得た。思いがけぬ世界を発見した。そして同時に、容易にそこで蔦代の死体を発見したのだった。彼はかえって呆気《あっけ》に取られた。
 正勝はその死体を前にしてしばらく立ち尽くした。それから彼は、落ち葉に埋められかけているその死体に手をかけて、前の姿勢から半分ほども起き返らしてみた。死体には別に、岩角での擦過傷というようなものはなかった。胸から脇腹《わきばら》にかけて、出血のために着物がべとべとになっているだけであった。彼はさらに、腕や脚を精細に調べてみた。やはり、腕や脚にも擦過傷はなかった。正勝がその路上から投げ込んだままどこの岩角にも突き当たらずに、直接そのLの字形の岩の上の雑草の上に落ちたのに相違なかった。
 それから正勝は、その死体の胴へ自分の身体に巻きつけてある綱の一端を結びつけておいて、下りてきたときの綱に掴まって岸壁を登っていった。そ
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