こかへ行って、でも、困るといけないわ」
「困ったって……」
「お金を幾らか持っているの?」
「お金? そんなものねえよ」
 正勝は初めて顔を上げて言った。彼の顔は凄《すご》いまでに青白かった。そして、その目は星のように顫えていた。
「紀久ちゃん! 紀久ちゃんは安心していていい。おれが何もかも引き受けるから」
「どこかへ行くんなら、本当に困るといけないわ」
 紀久子はそう言いながら、洋服のポケットに捩《ね》じ込んでおいた幾枚かの紙幣を掴み出して、それを正勝の洋服のポケットに押し込んだ。
「金か? あははは……」
 正勝は静かに、しかし不気味に微笑《ほほえ》んだ。
「おれ、金なんかいらない」
 彼はそう言ったが、しかし、それを掴み出して返そうとはしなかった。そして彼はただ、その長い綱を自分の身体に巻きつけるのだった。
「どこかへ行くんなら……」
 紀久子は正勝を怪訝そうに見詰めながら言った。
「紀久ちゃん! おれ、紀久ちゃんを本当に想《おも》っているんだから、紀久ちゃんを困らせるようなことは決して言わねえから、安心していろ。おれは敬二郎よりももっと紀久ちゃんを想っているのだから。子供の時分
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