うしていいか分からなかった。彼女は恐ろしい秘密のしだいに広がるのをじっとその目の前に見詰めながら、言葉を封じられ、手足の自由を奪われているような自分をそこにまざまざと感じないではいられなかった。彼女はまったく、じっとしてはいられないような気持ちだった。遣《や》る瀬《せ》のない気持ちで、彼女は自分というものを片っ端から引き毟《むし》ってしまいたいほどだった。彼女の心臓は酷《ひど》く痛んできていた。
「正勝ちゃん! 正勝ちゃん!」
 紀久子は遣る瀬なくなって、自分の心臓を引き毟るような気持ちの中で、さらにそう繰り返した。部屋の中からは、依然として何の反響もなかった。紀久子はもうそこにじっと立ち尽くして、その気持ちに耐えていることはできなかった。彼女は全身を押し揉《も》むような悩ましさを抱いて、静かにそこを歩き出した。そして、彼女は心臓がじりじりと焼け爛《ただ》れているように感じながら、厩舎の横をふたたび裏庭のほうへ引き返していった。
「あらっ!」
 紀久子は驚きの声を上げて、第三|厩舎《きゅうしゃ》の前に足を止めた。
「正勝ちゃん! ここにいたの?」
 紀久子は喜びのあまり、正勝の前までひ
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