《ゆうべ》からなんとなくお顔の色が悪くて、ご心配事でもあるようなご様子でございましたよ」
「なんでもないのだわ」
「なんでもなければようございますが、何かご心配事でもございましたら、なんでもわたしに打ち明けてくだされませな。わたしはお嬢さまのことなら、生命《いのち》に懸けてもいたそうと思っているのでございますからね」
「婆や、なんでもないんだからもうあっちへ行っててよ」
またその時、いままで森閑としていた隣室から父親喜平の激しく怒鳴る声が、雷よりも凄《すさ》まじい勢いをもって紀久子の耳朶《じだ》を襲ってきた。
「言えっ! 言えったら言え! その秘密というのを言ってみろ! 正勝! てめえはなんで黙っているんだ?」
その激しい態度《ものごし》は、いまにも掴みかかっていきそうに感じられた。
「婆や! お父さまを呼んできてよ。早くお父さまを呼んできてよ。早く! 婆や!」
紀久子はベッドの上に半身を起こして、恐怖に戦《おのの》きながら狂的に叫んだ。
「お嬢さま! 大丈夫でございますよ。わたしがお傍《そば》についておりますから、お呼びなさらないでもよろしゅうございますよ」
「何を婆やは言って
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