くってことはないよ」
「そんなわけじゃなかったのですがね。弾丸を込めてからここへ置いたのが少し動くもんだから、なにげなく縄をかけてしまって」
「引金へ縄をかけるなんて……」
「正勝! おまえこれから無闇《むやみ》と鉄砲など持ち出しちゃ駄目よ」
 紀久子は命令的に言った。
「無闇と持ち出したわけじゃないんですがね。これからしばらくの間は鉄砲も持たずに、馬を連れて歩くってわけにはいきませんよ。なにしろこれからは熊の出る季節ですからね」
 馭者は反抗的に言った。
「とにかく、そこへ置くことは絶対にいかんね。こっちに寄越したまえ」
 敬二郎は叱《しか》りつけるように鋭く言った。
「弾丸はもう詰まってないのだから、どこへ置いたってもう危なくはないだか……」
 反抗的な語調で繰り返しながらも、正勝は猟銃を解かないわけにはいかなかった。
「それじゃ、これも一緒にそっちへ置いてください」
 馭者はそうして、猟銃と一緒に弾嚢帯《だんのうたい》をも敬二郎に渡した。
「本当に危なかったわ。正勝! これからは気をつけないと駄目よ」
 紀久子は女王の冷厳さをもって言った。
「ほいやっ、しっ!」
 正勝は鞭を振り
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