鳴り響いた。
「あっ!」
 敬二郎は横に身を躱《かわ》した。紀久子がその横腹に抱きついた。馬が驚いて跳び上がった。正勝は怪訝《けげん》そうな顔をして、馭者台から振り返った。
「どどど、ど、どうしたんだ?」
 敬二郎は思うように口が利けなかった。彼は歯の根が合わなかった。真っ青な顔をして木の葉のように顫《ふる》えていた。
「引っ張ったんですか?」
 馭者の正勝は沼のような落ち着きをもって訊《き》いた。
「引っ張るも引っ張らないも、弾丸を込めた鉄砲を……」
「本当に危なかったわ。ほんの二、三|分《ぶ》くらいだったわ。わたしの額のところを、弾丸がすっと通っていったの、はっきりと分かってよ」
 紀久子は溜息《ためいき》をつくようにして、敬二郎の脇《わき》から顔を出した。
「本当に危なかったよ。ほんのちょっとのところで、いまごろは二人とも死んでるところだった」
 敬二郎のうちには、まだ驚愕《きょうがく》の顫えが尾を引いていた。
「熊が出る季節なもんだから、鉄砲を持ってないといつどんなことが……」
「熊が出るからって、弾丸の詰まっている鉄砲をそんなところへ縛りつけて、引っ張れば発砲するようにしてお
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