岡をおれさ寄越せや」
 そして、正勝は浪岡の首についている細引を平吾から受け取った。
 平吾は新馬を正勝に渡して手軽になると、松吉と並んで馬を駆けさせた。正勝はうるさくぐるぐると縺《もつ》れる精悍《せいかん》な新馬を縺れないように捌《さば》きさばき、草原の斜面を下りていった。

       4

 紀久子は厩舎の前に立って、じっと放牧場のほうを見ていた。
 秘《ひそ》かに部屋を出て厩舎へ来てみると、そこには三人の牧夫が馬に鞍を置いていて、正勝にだけ秘密の話をすることはできなかったからである。紀久子はそこに立っていて、機会の来るのを待っているより仕方がなかった。彼女はいつまでも放牧場のほうを見ていた。
 紀久子の心のうちはそうしているうちにも、決して平和ではなかった。
(あんな風にしているうちに、あの人はほかの人たちへあのことを話さないかしら?)
 紀久子は自分の胸に何匹かの蝮《まむし》がいるような気さえした。彼女は、正勝が早く厩舎へ帰ってくることを願っていた。
(蔦代を捜しに行くという口実であの人がどこかへ行ってしまったら、わたしはどんなにかほっとするのに……)
 紀久子はそう考えて
前へ 次へ
全168ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング