》いて、手文庫の底からそこにありたけの紙幣《さつ》を掴《つか》むと、それをポケットに突っ込んで自分の部屋を出た。
(わたしがこうまでしたら、あの人はお父さまのことは許してくれるに相違ない。お父さまはなにも知らずにあんなことを言っているのだし、あの人は要するに金が必要なのだから……)
 紀久子はそう考えながら、帽子を目深に被《かぶ》って裏庭から厩舎《うまや》のほうへと走っていった。

       3

 厩舎の前には三頭の馬が引き出されて、三頭の馬にはそれぞれ鞍《くら》が置かれていた。そして、馬に鞍を置いてしまうと、正勝と平吾《へいご》と松吉《まつきち》の三人の牧夫は銘々に輪になっている細引を肩から袈裟《けさ》にかけた。そして、正勝は葦毛《あしげ》の花房に、平吾は黒馬《あお》に、松吉は栗毛《くりげ》にそれぞれ跨《またが》った。
「おい! 東からやるか?」
 正勝は同僚を見返りながら、朗らかに言った。
「西からのほうがいいじゃないか?」
「西から?」
 とたんに、正勝の拍車が花房の胴に入った。花房はとっとっと軽やかに※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]を踏んで放牧場のほ
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