紀久子はわなわなと身を顫《ふる》わせながら席を立った。
(あんなに叱《しか》りつけて……あんなに怒鳴りつけて……あの人がもしあのことをだれかに言ったりしたら……)
紀久子はそれを考えただけで全身が木の葉のようにわななくのだった。彼女は心配で胸が痛くなっていた。顔が蝋《ろう》のように白かった。
(あの人がもしわたしたち父娘《おやこ》を憎んで、あのことをだれかに言ったら、わたしはどうなるのだろう?)
それを考えると、紀久子は一時《いっとき》もじっとしてはいられなかった。
(お父さまはなにも知らないで、あの人をあんなにひどく叱ったり、蔦代のことを悪く言ったりしたけど、何もかもみんなわたしが悪いのだから、それをあの人にだれかへ話されたら……)
紀久子は夢遊病者のようにして、しかし、逃げていく者を追うような慌ただしさで自分の部屋へ入っていった。
(あの人が金が要るというのなら、わたしが出してあげよう。あの人は蔦代を捜しに行くから旅費を欲しいと言っているけど、本当はお金だけが必要なのに相違ない。お金ならわたしでできることなのだから、わたしがしてあげよう)
紀久子はそう心の中に呟《つぶや
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