く締まらないのは、そりゃあ胴が太いからだろう?」
喜平は林檎の皮を剥きながら、微笑をもっていつものように乗馬の話をしていた。
「なんか知らないけど、わたし駄目だわ」
紀久子は父親の顔を見ないようにしながら、元気なく言った。彼女はいつになく元気がなかった。彼女は丸テーブルの上の紅茶にさえ手を出そうとはしなかった。彼女の純白の、天鵞絨《ビロード》の乗馬服の肩さえが、なんとなく寂しかった。
「駄目なことがあるもんか。馬を替えてみたらどうかな? 花房《はなぶさ》ならいいだろう?」
「わたしもう乗馬をやめるわ」
「なにもやめることなんかあるものか。初めはだれだってそう思うもんだ。しかし、そこを押し通さなくちゃ何事も上達はせんもんじゃからなあ」
「でも、わたしなんか駄目だわ」
「とにかく、花房で当分練習してみるといい。花房なら胴が細いから脚も締まるし※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]《だく》もよくやるし、きっとおまえの気に入ると思うから」
「わたしもう乗馬なんかあっさりやめてしまうわ」
「やめてしまわんでもいいじゃないか? 停車場へ敬二郎を送るときだって、これからは馬車など
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