で送らないで馬で送っていくようにならないといかんよ」
 喜平はそう言って、大口に林檎を頬張《ほおば》った。紀久子は父親の言葉に衝《つ》かれたらしく、伏せていた目を上げて父親の顔を見た。紀久子のその顔は燐光《りんこう》を浴びてでもいるように病的なほど青く、窶《やつ》れてさえいた。
「馬で送っていって、そして帰りには敬二郎の馬も一緒に曳《ひ》いて帰れるようにならんとなあ」
 父親は微笑しながら、戯《ざ》れめく口調で言うのだった。
 そこへ、正勝がのっそりと歩み寄ってきた。喜平はすぐそれに気がついて目をやった。紀久子もそこに目を向けた。その瞬間に、紀久子は急に顔色を変えて恐怖の表情を湛《たた》えた。
「なんか用か?」
 喜平は突慳貪《つっけんどん》に言って、冷めかけた紅茶をいっきに飲み干した。
「少しお願いしたいことがあったものですから……」
「どんな話だ?」
 怒鳴るように言って、喜平はそっぽを向いた。そして、乗馬服の上着のポケットから葉巻を抜き取って、それに火を点《つ》けた。
「お金を少し借りてえのですけど……」
「金! 金を何にするんだ?」
「蔦の奴《やつ》が急にどこかへ行きやがったも
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