ゃん」
 しかし、正勝もどうしていいのか分からなかった。彼はただその目を爛々と輝かしていた。その目にはなにかしら、許すまじきものがあった。
「正勝ちゃん! わたしも殺してちょうだい! この鉄砲でわたしも撃ってちょうだい!」
 紀久子はふらふらと倒れるようにして屈《かが》み、銃を取って正勝の手に渡そうとした。
「正勝ちゃん! わたしも殺してよ。ねえ! 正勝ちゃん!」
「紀久ちゃん!」
 正勝は言った。彼女の幼少のときに彼が呼んでいたと同じ呼び方で、正勝は紀久子を呼んだ。しかし、それだけで正勝はなにかしらひどく硬張《こわば》って、あとを続けることができなかった。
「正勝ちゃん! わたしを撃って。ねえ! わたしを撃って。痛くないように、ひと思いに死ねるようにわたしの心臓を撃ってよ」
 紀久子は少女のような態度で言うのだった。
「紀久ちゃん! 心配することはねえ」
 正勝は力強く言った。
「紀久ちゃんは昔の紀久ちゃんではなくなって、おれなんかのことはもう馬か牛のように思っているようだげっども、おれはいまだって……」
「そんなことないのよ。わたしだって、正勝ちゃんのこと兄さんか何かのように思って
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