代! 駄目! 逃げちゃ!」
紀久子はその銃身をもって蔦代を押さえつけた。
瞬間! 銃は音を立てて発砲した。蔦代はがくりと倒れた。
「あらっ!」
紀久子はがたんと銃を取り落とした。
「あらっ!」
紀久子の顔は紙より白くなった。紀久子はもうどうしていいのか分からなかった。彼女は大声を上げて泣きたかった。しかし、泣けなかった。彼女は致死期の蔦代の身体《からだ》の上に身を投げかけて謝りたい気もした。しかし、彼女にはそれもできなかった。彼女はただわなわなと身を顫わした。
自分の思いがけぬ罪に対する恐怖に噛み苛《さいな》まれながら、彼女は亡失状態の中で微《かす》かにひくひくと蠢《うごめ》いている蔦代の致死期の胴体を見詰めていた。
発砲と同時に、馭者台から身を向け直して蔦代の上に目を落としていた正勝は、その目を上げて紀久子を見た。その目は爛々《らんらん》と火のように輝いていた。唇がわなわなと顫えていた。
「正勝《まっか》ちゃん! どうしましょう? どうしましょう?」
紀久子は正勝を、彼の幼少時のまっか[#「まっか」に傍点]ちゃんという呼び名で呼んで、ようやくそれだけを言った。
「正勝ち
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