。しかし、彼女は間もなく戻ってきた。彼女の両手には二つの石油缶が提げられていた。彼女は戸口を入ると、戸口をさっと開いておいて、ストーブのところから戸口のほうへ向け、戸口から廊下のほうに向かって、ざーっと二缶の石油をぶち撒《ま》いた。
それから、紀久子はふたたびストーブの前へ駆け戻って、そこにある腰掛けを取り上げるとそれでストーブをぐいっと押し倒した。ストーブは煙突から外れて真っ赤な火をこぼしながら、床の上へがらがらと倒れた。次の瞬間、ストーブから飛び出した火の塊は床の上へ溜っている石油の池の上を、戸口のほうへ向けてちちっと走っていった。
紀久子はその隙《すき》に敬二郎の死骸を抱き上げて、南面している戸口のほうからバルコニーのほうへ駆け出していった。
7
乾燥し切っている木造の建物は、たちまちにして猛火に包まれてしまった。
紀久子の寝室の鉄格子の嵌まっている磨《すり》ガラスの窓に、猛火に責め立てられて※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》き苦しんでいるらしく、両手を広げて窓に飛びかかっている正勝の姿が影絵のように映って、踊り狂っていた。
「紀久
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