ちゃん! 紀久ちゃん! 開けてくれ!」
 遠くの遠くのほうから、轟々《ごうごう》と渦巻いている猛火の音の下で、そんな風に叫んでいる声が微かに聞こえた。
「開けてくれ! 早く早く! 紀久ちゃん!」
「寒いのでしょう? 温めて上げるわ」
 紀久子は敬二郎の死骸を抱いて、降りかかる火の粉を浴びながらその窓の下に行って叫んだ。
「敬さん! わたしの本当の心がいま初めて分かってくれて? え、敬さん!」
 紀久子はそう言って、固く固く死骸を抱き締めた。
「敬さん! 紀久子はやっぱり、敬さんだけの紀久子だったわ。敬さん! 分かってくれて?」
 紀久子は踊るようにしながら、敬二郎の唇に自分の唇を押しつけた。
「ね! ね! あなただけでしょう。紀久子の唇に触ったのはあなただけよ。だれも、わたし、触らせなかったのよ」
 紀久子はふたたび、その唇を敬二郎の唇の上に置いた。次の瞬間、紀久子の唇は敬二郎の顔の上に、雨のように降った。
 遣る瀬のない衝動がそして、敬二郎の死骸をさらに固く固く抱き締めさせた。
「お嬢さま! お嬢さま! 大変なことになりました」
 だれか五、六人の人間が、ばたばたと駆けつけてきた。

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