そしていったいあの女はおれのなんだ? 心配しなくたっていい、構わねえからどんどん逃げてしまえ」
「では、わたしそうするわ」
蔦代は決心の表情を見せて、その小さな唇を固く引き結んだ。正勝は妹のその顔に見入りながら、長い鞭をしなしなと撓《たわ》めた。
紀久子がそこへ戻ってきた。
「あら! よく逃がさなかったわね」
紀久子は微笑をもって言いながら馬車に乗った。蔦代も正勝も黙りこくっていた。そして、蔦代はまた目を伏せた。正勝は馭者台に直った。
「正勝! では、急いで帰りましょうね」
「ほいやっ、しっ!」
鞭が陽光の中にぴゅっと鳴った。馬車は煙のような土埃《つちぼこり》を上げて動きだした。そして、市街地から高原地帯の道へと、馬車は走っていった。
6
馬車が原始林帯に近づくにつれて、正勝は計画実現の手段について考えなければならなかった。
(馬車を谷底へひっくり返して紀久子と馬とを殺し、おれだけが生きて帰ったとしたら、すぐ疑《うたぐ》られるに相違ないのだが)
それを考えると、正勝はどうしていいか分からなくなってくるのだった。
正勝は最初のうちは、自分の生命を懸けてこの
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