よせよ」
正勝は微笑を含んで、しかし睨《にら》むようにしながら言った。
「なんでもないのよ」
「あいつが散歩に誘ったって、一緒に散歩なんかするのよせよ」
「それでも、急に冷淡にするわけにはいかないのよ。あの人もお父さんが生きていれば、わたしと結婚するはずの人でしょう。急に空々しくするわけにはいかないのよ」
「しかし、そんなことを考えているうちに、あんたの気持ちの中へ深く入り込んできたらどうする?」
「大丈夫よ。黙って見ていてちょうだい。わたし、正勝ちゃんの言うことはなんでも聞くつもりよ。しかし、あの人の言うことは何から何まで聞いちゃいないわ。自分の気持ちの中に線を引いておいて、そこから中へは絶対に入れないつもりよ。そして、正勝ちゃんの言うことには絶対に線を引かないわ。黙って見ていてくれたら分かると思うわ」
「それならいいがね」
「わたしを疑《うたぐ》ったりしちゃ駄目よ。わたし、とてもよく考えているんだから。そして、あの人がしぜんとわたしから離れていくようにするわ。わたしからばかりでなく、この牧場にもなんとなくこう、いられないようにしてやるわ。それまでは、正勝ちゃんは黙って見ていてね」
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