」
「何か用なの? 正勝《まっか》ちゃん」
紀久子はそう言うと同時に馬腹にぐっと拍車を入れて、正勝のほうへ向けて馬を飛ばした。
「おれと一緒に来てくれ」
正勝は大声に言って、すぐ馬首を傾斜地のほうへ変えた。紀久子はそれに続いた。敬二郎は呆気《あっけ》に取られて、馬の上からぼんやりと傾斜地を下りていく正勝と紀久子との後姿を見詰めていた。
(おれには紀久ちゃんの本当の気持ちがどうも分からない。おれを愛しているのか、正勝を愛しているのか、雲を掴《つか》むような話だ。だいいち正勝の奴が、おれと紀久ちゃんとの間に婚約のあることを知っていながら、自分の女房か何かのように勝手に連れていったりしやがって……)
敬二郎は傾斜地を下りていく彼らの後姿を見送りながら、心の中に呟《つぶや》いた。
2
やがて、正勝は手綱を引いて馬を止めた。馬は立ち止まって大きく息をしてから、ふたたび静かに歩きだした。そこへ、紀久子の馬が歩度を緩めながら追いついてきた。
「正勝ちゃん! 何か用だったの?」
紀久子は息を弾ませながら、馴《な》れなれしく言った。
「紀久ちゃん! 敬二郎の奴と話なんかするの
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