は軽い驚きの表情で振り向いた。
「正勝ちゃんに、若旦那がちょっと用事があるそうだで」
「若旦那? 若旦那って、いったいだれのことだえ?」
 正勝は頬《ほお》を膨らましながら、高圧的に言った。
「そんな皮肉なことは言うもんじゃねえよ。用事があるんだそうだから、一緒に来てくれよ」
「しかし、おれにはだれのことだか分かんねえなあ。おれらが若旦那って呼ばなきゃならねえ人間が、いまこの牧場にいるのかね。おれには分かんねえ」
「皮肉だなあ。敬二郎さんが用事があるんだってさ」
「平さん! きみはもう敬二郎を旦那にしているのかい?」
「そんなことを言ったって、仕方がないじゃないか?」
「仕方がない? 平さん! きみの親父《おやじ》は内地からはるばると、難儀をしにこんなところまで来たのかい? 子供を牧場の安日当取りにしようと思って、こんなところまで来たのかい? 荒地を他人のために開墾したのかい? そんなつもりでおれの親父について来たのじゃねえと思うがなあ」
「そんなことを言ったって、はじまらないよ」
「どうしてかね? きみの親父の開墾したところはきみの親父の土地で、同時にきみの土地なんだ。なにもその土地
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